シマ・シンヤ『Gutsy Gritty Girl』感想

はじめに

最近、シマ・シンヤさんの短編集『Gutsy Gritty Girl』を読んだ。

近未来SF、終末世界、AI、少し不思議な能力。
収録作品の中には、さまざまな特殊設定が登場する。

けれど、読んでいて強く印象に残ったのは、
設定そのものではなく、「その世界で生きている人たち」だった。

家族とうまく分かり合えない人。
過去を抱えながら生きている人。
命の危険と隣り合わせでも、
冗談を交わしながら生きている人。

みんな、どこか泥臭くて、不器用で、少し寂しい。

それでも、
誰かと関わりながら生きていく姿が、
とても人間らしく感じられた。

また、収録作品全体に「説明しすぎない」心地よさがある。

頭が電球のAIロボットがいても、
宇宙時代になっていても、
終末世界で暮らしていても、
作品はそれを必要以上に説明しない。

けれど、不思議と置いていかれる感じはなく、
「そういう世界なんだな」と自然に受け入れられる。

そうした絶妙な余白が、
独特の空気感や余韻を生み出している。

今回は、そんな『Gutsy Gritty Girl』の感想を書いていこうと思う。

印象に残った作品

収録作品はどれも雰囲気が異なっていて面白かったが、
今回は特に印象に残った3作品について触れていきたい。

Gutsy Gritty Girl|「家族だから」で割り切れない感情

表題作である『Gutsy Gritty Girl』は、
家族の関係性を描いた作品だ。

主人公・グレイスの父は愛人との間に子どもを作り、
両親は離婚に向けて動いている。

そんな状況でも父に何も言わない母に対し、
グレイスは怒りや不満を抱えながら育ってきた。

成長し、自身も結婚を控えたある日。
病床にいる父が「会いたい」と言っていることを、
異母弟から知らされる。

この作品を読んで印象的だったのは、
「血が繋がっているから」という理由だけでは、
人は簡単に相手を許したり、愛したりできない、という感覚だった。

世の中には、
「家族なんだから仲良くするべき」
「親なんだから大切にするべき」
という空気がある。

もちろん、それが自然にできる関係性もあるだろう。

けれど実際には、
血縁があるからこそ難しくなる関係や、
どうしても埋められない距離も存在する。

この作品は、
ひとつの家族のそうした割り切れなさを、
とても静かに描いていると感じた。

また、グレイスと母親の間に流れる空気感も印象的だった。

お互いを大切に思う気持ちがあっても、
上手く相手に伝えられないし、
完全には理解しきれない。

そうした関係性の描写に、妙なリアルさがある。

特に心に残ったのは、
「会いたい」と願う父に対して、
グレイスが最後に選んだ行動だった。

きっと、正解はひとつではない。
読む人によって受け取り方も変わると思う。

ただ私は、
彼女の選択にどこか安心した。

血が繋がっていても、
家族である前に、人と人だ。

そういう当たり前のことを思い出させてくれる作品だった。

Good Morning Ladies|終末世界でも、人は生活を続けていく

『Good Morning Ladies』は、
宇宙由来の寄生虫によって野生動物が異常進化し、
人類が生態系の頂点から転落した世界を描いた作品だ。

設定だけ見ると、かなり重たい終末SFである。

実際、作中の世界は相当に過酷だ。

どうにか生き残った人々はコミュニティを作り、
自給自足をしながら暮らしている。

この世界では、
野生動物は常に脅威で、
命の危険もすぐ隣にある。

けれど、この作品の雰囲気は不思議と暗くない。

その理由は、
主人公であるキヨコ、ローラ、マヤの3人が、
とにかく明るくて逞しいからだと思う。

危険な状況を切り抜けた直後でも、
軽口を叩き、冗談を言って笑い合う。

絶望的な世界を変えられたわけではない。
状況が急に良くなることもない。

それでも彼女たちは、
畑を作り、朝から自家製の酒を飲み、
浄水器の修理をし、狩りをする。
そうやって、それぞれの役割を持ちながら生活を続けている。

読んでいて印象的だったのは、
この作品が「人類復興」や「世界を救う話」ではなく、
「生き続けること」そのものを描いているところだった。

悲観しすぎず、
かといって極端に楽観もしない。

危険な世界であることを理解した上で、
笑いながら毎日を生きている。

その姿が、とても格好良かった。

絶望的な状況に直面したとしても、
人間は案外しぶとい。

この作品を読み終えると、何故かそう確信できるのである。

Man On The Shore|不器用なSOSと、静かな救い

『Man On The Shore』は、
冬の海辺の町を舞台にした、少し不思議な物語だ。

海を目指して歩く2人の男。

仏頂面で無愛想な中年男性・リオンと、
そんな彼に対してやたらと話しかける若い男・ゼン。

読んでいる間、
2人の関係性はなかなか見えてこない。

会話もどこか噛み合っているようで噛み合っておらず、
作品全体に夢のような非現実感が漂っている。

そして物語の途中で、
この世界そのものが現実ではないことが明かされる。

現実のリオンは、
深い後悔と怒りを抱えたまま、
生と死の狭間を漂っている。

印象的だったのは、
リオンの抱えている感情が、
単純な悲しみではないところだ。

彼はずっと、自分自身に怒っている。

「別の選択肢はあったのに、選ばなかった」

その後悔が、
長い時間をかけて彼の心を蝕んでいった。

作中でリオンは、
「自分が殴られないように、自分より弱い奴を殴る人間だ」
と自身の過去を振り返る。

かなり重たい言葉だと思う。

けれどリオンは、
極端な悪人として描かれているわけではない。

弱さや後悔を抱えたまま、
どうにか生きてきた人間、それがリオンだ。

そんなリオンに対して、
ゼンはどこまでも真っ直ぐだ。

「誰も助けてくれなんて言ってねーよ」

そう吐き捨てるリオンに
ゼンは静かに「言ったよ」と返す。

実際には、一言だけの短い電話だった。
しかも、リオン本人ですら半ば無意識に掛けたのかもしれない。

それでもゼンは、
その不器用なSOSを確かに受け取っていた。

派手な救済は訪れない。

過去がなくなるわけでも、
人生が急に綺麗になるわけでもない。

それでも最後、
海辺で握手を交わす2人の姿には、
静かな救いがあった。

この短編集には、
少し不思議な世界が数多く登場する。

けれど、その中で描かれているのは、
結局いつも「人間」なのだと思う。

弱さや後悔を抱え、
悩み苦しみながら、
それでも誰かと繋がろうとする人たち。

『Man On The Shore』は、
そんなこの短編集の魅力を象徴するような作品だった。

特殊な世界で、愚直に生きている人たち

この短編集には、

・宇宙時代
・終末世界
・超能力
・AI

など、さまざまな特殊設定が登場する。

けれど、どの作品を読んでいても
そうした設定はいつの間にか背景と同化して、
代わりにその世界で生きている人たちの姿が
くっきりと浮き上がってくる。

家族だからといっても、簡単には分かり合えない人。
後悔を抱えたまま、生き続けている人。
絶望的な世界でも、冗談を言いながら暮らしている人。

登場人物たちはみんなそれぞれ不器用だ。

綺麗に生きられる純粋さを持たず、
過去を簡単に割り切れるほど達観もしていない。

それでも、
誰かと関わりながら、
泥臭く生きている。

もうひとつ印象的だったのは、
「希望」を大げさに描いていないところだ。

世界が劇的に良くなるわけではない。
問題が綺麗に解決するわけでもない。

けれど、
完全な絶望でも終わらない。

誰かと話すこと。
一緒に仕事をすること。
助けを求めること。
誰かのSOSを拾うこと。

そういう小さな繋がりが、
登場人物たちをぎりぎりのところで支えている。

シマ・シンヤ作品には、
独特の余白がある。

設定をすべて説明しすぎない。
感情を過剰に言葉にしすぎない。

作品を読み終わったあとも、
登場人物たちがどこかで生活を続けているような感覚が残る。

少し不思議で、
でもとても人間臭い。

『Gutsy Gritty Girl』は、
そんな空気が詰まった短編集だ。

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コミック「Gutsy Gritty Girl – ガッツィ・グリティ・ガール -」のあらすじ、最新情報をKADOKAWA公式サイト…
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