「人生でいちばん美味しかった料理は何ですか?」
こう聞かれたら、あなたの頭にはどんな料理が浮かぶだろうか。
私には、忘れられない味がある。
記憶もほとんど曖昧な、かなり幼い頃の話。
私は母と二人で、地元から少し離れた大きな街の商店街に出かけていた。
母と一緒にたくさん歩いて、私はとてもお腹が空いてしまった。
しばらく我慢していたのだが、ついに私は母に
「おなかすいた」
と訴えた。
母は私を、どこかの喫茶店に連れて行ってくれた。
昼間だけど少し薄暗くて、静かな音楽が流れる落ち着いた店内。
いつも家族で行くような町の中華屋さんやファミリーレストランとは違う雰囲気に、
幼いながらも少し緊張していた。
母は空腹の私のために、高菜ピラフを注文してくれた。
私が母に
「何か食べないの」
と尋ねると、母は
「お母さんはいいよ」
と言って飲み物を飲んでいた気がする。
自分だけが食事をしていることをなんだか申し訳なく思いつつも
やはり空腹には勝てず、私は高菜ピラフを口いっぱい頬張った。
私を見守る、優しい母のまなざし。
周りの大人たちの温かい空気。
そんな中で食べる高菜ピラフがとても美味しくて、
私は一皿をあっという間に完食してしまった。
私がおぼろげに覚えているのはここまでだ。
実はこの時の高菜ピラフの味がどうしても忘れられなくて、
外食する際は時々、高菜ピラフを頼んでみたりする。
だけど、どこで食べてもあの時ほど美味しいとは思えない。
私は一人で勝手に、少しがっかりするのである。
本当は、頭のどこかで分かっている。
あの高菜ピラフの味は、
思い出の中にしかない、私だけの特別な味だということを。
だから、現実の高菜ピラフがそんなに美味しくなかった時、
私はがっかりすると同時になぜかホッとしてしまうのだ。
私はきっと、もうあの高菜ピラフの味に巡り合うことは二度とないだろう。
だけど、それでいい。
思い出の高菜ピラフは、
これからもきっと、私の中で特別なままだ。
