春と私

桜が咲いて、風の温度や匂いがやわらかくなってくると、
「ああ、春だな」と思う。
新しいことが始まり、景色が少しずつカラフルになっていく。
春という季節を、明るく前向きなものとして捉えている人は多いと思う。

私にとって、春は昔から少しだけ落ち着かない季節だ。
嫌いというわけではないけれど、どこか心がそわそわして、
うまく地面に足がつかないような感覚がある。

その理由を考えてみると、
春という季節そのものよりも、
春に結びついている記憶の影響の方が大きいのかもしれない。

思い返してみると、私の中で春に結びついている記憶は、
いつも環境が切り替わる場面だった。
小学校、中学校、高校の入学式。
大学進学と、初めての一人暮らし。
新卒で入った会社の入社式。
春は、大きな変化の季節として記憶に残っている。

そういう節目のたびに、私は少なからず緊張していた。
新しい環境に身を置くことへの不安。
これからうまくやっていけるのだろうか、という心細さ。
春の空気を感じると、私の中には、過去のそういう感覚が一緒によみがえってくる。

今になって改めて振り返ると、あの頃感じていた不安は、
新しい環境そのものに対するものだけではなかった気もしている。
学校も、新卒で入った会社も、自分でしっかり選択したというより、
ベルトコンベアの流れに乗せられて、そこに立っていたような感覚の方が強かった。
自分で舵を握れていないような感覚が、
春の落ち着かなさをより大きくしていたのかもしれない。

どこか受け身のまま、心細く立っていた春の記憶は、
私の中では、あまりいい思い出ではない。

ただ、自分で選んだという実感が薄かった環境でも、
そこで出会った人や、見た景色、経験した出来事の中には、
今の自分を支えてくれているものがたくさんある。
当時はただ必死だったけれど、
あとから振り返ると、あの環境の中で受け取っていたものも、
思っていた以上に多かったのだと思う。

今の私は、
「自分で選ぶ」という感覚を、
以前より大事にするようになった。
どこに向かうのか、何を選ぶのか。
小さなことでも、自分の意志で決めることは、
不安の中で自分を支える力になってくれる。

その一方で、人生は自分の意志だけでできているわけでもない。
流れの中でたどり着いた場所で、
思いがけず大切なものに出会うこともある。

だから私は、自分で選ぶことを大切にしながら、
ときどき偶然がもたらしてくれるものを受け取る余裕も、忘れずに持っていたい。

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